俺屍日記

1999.2.8作成
2001.6.20修正

「俺の屍を越えていけ」についての筆者の1999年の記録からです。
プレイ自体の内容の記録がほとんどないのは、もともと筆者の日記からの抜粋であるのと、さらに大きな理由はプレイ自体に夢中であるためいちいち記録をとっていなかったためです。特にファーストプレイは。
ちなみに特に記録がない日も、たいてい遊んでいました。


6月15日(火)

俺屍体験版の収録されている電撃D'sマガジンを購入する。明後日には実物を買うというのに。
8時過ぎに帰宅。MARSから俺屍が届いた。よしよし。
さっそく起動するが、何と当主データ作成後のいよいよゲーム開始の所にチェッカが入っていて強制終了してしまった。
何年か前に輸入ソフトが遊べるようにとYの奴にMod Chipを入れて貰ったのが裏目に出たというものである(コピーのためではない)。ちなみに体験版もやはり同チェッカが入っていてそこで止まる。
これでは止むを得ないので、明日プレステを新調しようと決める。

6月16日(水)

帰り際に、地元ファミコンショップでプレステを購入する。
新しいプレステを開梱。外した古い奴と比較すると、ずいぶん細部が異なっていることに気がつく。背後のコンポジット出力とS端子出力がもうないとは知らなかったなあ。
ともあれセットアップしていそいそと俺屍をプレイ開始。
まずは「あっさり」モード、本名プレイのためサブタイトルは「近藤博次 大戦」。
やはり実に面白いが、ひとつあることに気がついた。
すでに俺屍の遊び方は知っている私だが、あえて最初はマニュアルを熟読し「最初の3ヶ月」の指示に逐一従って遊んでみることにしたのだが、そうするといささか「遊ばされている」感じで物足りないのだ(ある意味で当然なのだが)。
これはもともとチュートリアルでしかなく普通はここから自分のプレイを開始してはまるのだが、たとえばこの3ヶ月を終えただけでプレイを止めてしまい「まあこんなもんかな」と思ってレビューを書いてしまうと、不当に低い6点をつけてしまったり「マニュアルの作りは疑問」などと書いて本編をやっていないことが丸分かりで失笑されるとかいうこともあり得るような気がする。もちろん水ピンがそうだと断定しているわけではないのだが(笑)。

引き続き俺屍をプレイ続行。1時過ぎまで。楽しい。

6月17日(木)

7時起床。今日は俺屍の発売日であり有休を取った。よって9時過ぎまで俺屍をプレイしてから秋葉原へ。
一応予約していたトミヒサムセンで俺屍を購入し、さらにメッセへ流れる。しかし何と、俺屍はメッセのくせに販促ポスターがついていない。これではさらにもう1個買う理由はないので見送る。そのまま秋葉原界隈をぶらぶらするが、俺屍に関しては普通に残っている店と「完売」の店に二分されている。要するに入荷数が少ないということなのだろう。ちなみに値段はどこもすべて申し合わせたように発売初日からすでに値引きして4980円。朝っぱらから他の店を見て値段を直しているようには見えないので、おそらくメッセやソフマップがいくらで売るかという情報は事前に流れるようになっているのだろう。談合三兄弟(もう古い)なのかもしれない。

注:しかし後で聞いた所では夕方にはもう秋葉原では「俺屍」は完売状態だったらしい。

早めの昼食を取って帰宅。

引き続き俺屍で遊ぶ。夕方頃、ついに4代目近藤博次に率いられたパーティーが非常に良い状態で大江山に入り、延長した末に朱点童子を倒すことができた。しかし桝田省治が「僕が高山みなみを案内人だけに使うわけがないだろう」と言っていた通り(自主規制)になってゲームは続く。

6月19日(土)

7時起床。雨。ということで外出の予定を全部キャンセルしたうえで、ある意味で予定通りに終日俺屍をプレイ。

12時間以上ぶっ通しでプレイして、8つのダンジョンのうち3つをクリアするも、まだクリアにはもうちょっと。当然、攻略本などなくすべてが試行錯誤によるプレイであるが、本当に20時間で終わるのだろうか。
昼子様の正体には「おおっ」の展開。桝田節の炸裂。

6月21日(月)

先週のオリコンのページを見たら、俺屍は3日間は上位にランキングされているが、4日目でいきなりリストから消えている。つまりこれは、3日で初回リリースが完売したということなのだろう。
SCEIの宣伝体制の弱さは当初から指摘されていたが、もっと一杯出していればもっと売れたのにねえ。
とはいえ、金曜に再出荷があるらしい。

6月23日(水)

ついにファースト・プレイをクリアする。Endingもやっぱり桝田節。確かにトータル20時間位か。
ともあれメモリカードを保存して、セカンドプレイに移行すべし。次はいよいよ「じっくり」モードで遊ぶべし。

6月24日(木)

セカンドプレイ開始。「じっくり」モードは序盤は嫌にやるほど低い経験点しか入らない。が確かに「じっくり」ではある。ダンジョン内の時間経過が本当に遅いので、あまり先に進めない(敵が強いので)ので、マップを隅から隅まで歩くことにもなるし。

6月25日(金)

俺屍セカンドプレイはようやく軌道に乗ってきた。

6月26日(土)

俺屍はほとんどの店で並んでいない(ただし品切れ表示もない店が多い)が、ガード下の「あんこう秋葉原店」にのみ金曜の再入荷分が並んでいた。おまけにここは「先週の売り上げ一位」の表示もあるので、ということは先週の時点で(一位が取れるだけの)まとまった数を確保していたのだとも言える。
俺屍に関しては私は常にプッシュしていたもののファミ通で6点をつける馬鹿もいて殿堂入りを逃すし、事前の予約状況は全然芳しくなかったようなのであるが、「あんこう」に関しては目利きがいたということなのであろう。
トライソフトでWIZZの最新号を購入。

6月30日(水)

三代目当主になって、やっとゲームが回ってきたようだ。中ボスも倒せるようになったし。
俺屍における一族の成長の特異な点は、パーティー全体の成長がゆるやかな世代交代を経て行われるため、どの時点で強くなったのかなどはあまり定かではないが、いつの間にか以前は倒せなかった奴を倒せるようになっているという所だ。RPGの主要な快感というのが「成長」という所にある(*)ことを考えても、やはり優れたゲームデザインであると思う。

*昨今は「ムービー」とかいう奴もいるのかな(笑)。

どうやら俺屍が普通に店頭に並ぶようになったようだ。でもなぜかソフマップにはない。

7月2日(金)

ファミ通で3位。まずまず喜べる数字であるが、十分な初回出荷があればDDRを抜いて楽勝で2位に入っていたと思われるのが惜しい。1位のマリオゴルフ64は、ダブルスコアがついているのでちょっと無理っぽいが。

7月6日(火)

俺屍の攻略本が出ているので購入し読む。交神時のひとことが収録されているのは吉。しかし全般に、思いきり詳しく書いてあるし、ストーリーもモロバレなので、これはどう見てもクリア前には読まない方が良いなあ。やはり「あっさり」モードでまずは1回まったくの自力でクリアした後に、「じっくり」モードで攻略本を読みつつ極めるというのが俺屍の正しい遊び方というものであろう。

読み終えた後に俺屍をプレイ。四代目パーティーで大江山へ。二人仁王は楽勝で倒し、「お地母」の巻物なども入手し、石猿田衛門もなんとか倒して朱点閣へ到着。そこで思わず攻略本の記述「朱点閣まで入ることができれば勝ち」というのを読んでしまったためそのまま鬼朱点に挑んでみるが、ヒップホップを何発かくらいあっさり全滅。やはり誰もまだ「お地母」を覚えていない状態で朱点に挑んだのは無謀であったようだ。
さらに強制退去の結果、当主を含むパーティーの2人と、すでに死期が迫っていた自宅待機の1人の合計3人が同時に死亡するという痛恨の新記録事態を迎える。結果パーティーの残りがわずか2名になったところで、新たな子供が到着。しかしその子に訓練を施しつつ(2人とも健康を損なっているので)休養し、翌月も1人が訓練を施した結果として、出撃可能要因は「壊し屋」の1名になる。試しに近所に出てみるが、よりによって術もあまり使えない壊し屋であるため、ザコ敵であっても多数が出ると倒すのに時間がかかるうえ回復呪文も盛大に使えないということもあり、少し悩んだ末に禁じ手のリセット
大江山突入前のデータで再開し、仁王と石猿を問題なく倒し、お地母の巻物なども再度入手できた(俺屍では乱数要素はあるが、おおむねどの呪文がいつ与えられるかはパーティーの強さで決まっているようだ)ため、月末まで大江山を漁って帰京。これで来月には全員がお地母を使えるであろうから、大江山もクリアできることであろう。


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